都心回帰がトレンド化しつつある今日、神田一橋キャンパスへの集結で失地回復、存在感強化を図りたいところです
本学園は明治19年(1886)、先覚者34人が発起人となり、女性に専門的知識と高度の技能を修得させ、女性の自主性と社会的自立の育成を目的として創立されました。この建学の精神は誠実・勤勉・友愛を指針として、明治から今日まで時勢の推移に対応しつつ連綿として貫かれ、高い実績と伝統を築き、女性の社会的地位の向上に大きく貢献してきました。
創立120年をへて時代は急速に変化し、視点を地球的規模に据え、行動する時代が到来しました。国際化・情報化・高齢化がますます進み、21世紀においても課題が山積するなかで、女性の高学歴志向や社会進出はいっそう加速しつつあり、女子教育に対する高度多様な要請は急速に高まり拡大しています。
学園はいま、このような時代の要請に応え、伝統と実績を踏まえつつ、新しい女子教育のあり方を求めて、
○高い知性・教養と技能を備え、内外に広い視野をもち、個性を発揮して活躍できる女性
○温かく思いやり深い心をもち、品位高く、人間性豊かに家庭や社会に貢献できる女性
の育成に総力をあげて取り組んでいます。
平成18年4月より、大学・短期大学の全新入生を神田一ツ橋キャンパスに迎え、神田一ツ橋キャンパスの集中化が始まり、平成19年4月からは大学・短期大学の全学生が学園の原点でもある神田一ツ橋キャンパスに集い、都心型の新しい教育ステージで教育・研究が展開されています。
これまで、共立女子学園全体の将来構想計画として10数年にわたってさまざまな検討を続けてきましたが、今まさにその将来構想の実現をめざした活動の具体的な成果が現れています。この将来構想は、神田一ツ橋キャンパス本館の完成から短期大学看護学科の設置、神田一ツ橋キャンパス集中化計画の実施、家政学部児童学科の新設などの組織再編、全学的な教養教育の実施、教育方法の改善などと実現してきています。このための神田一ツ橋キャンパス全体の環境整備も滞りなく進行しています。また、共立女子高等学校用校舎の改修と共立女子中学校用校舎の改修も終え、中学・高校の一貫教育がスタートしました。一方、八王子キャンパスの今後の有効活用や共立女子第二中学高等学校の教育環境整備も具体化へ向けた検討が続けられています。
共立女子学園の歴史
昭和12年当時の神田校舎
昭和20年代の授業風景
昭和32年
創立70周年記念式典会場の再建された共立講堂
昭和41年
日本武道館においての創立80周年式典
昭和60年
大学入学式
昭和61年
創立100周年記念式典
現在の授業風景
●明治19年3月「共立女子職業学校創立」
共立女子職業学校として、本郷東竹町の渡辺辰五郎裁縫私塾の一隅からスタート。創立に携わったのは、宮川保全、鳩山春子、永井久一郎(永井荷風の父)、服部一三、手島精一など34名。「共立」の校名は、この人々によって共同設立されたことに由来する。
●明治20年2月「神田校地へ移転」
共立女子職業学校は、教育規模の拡大、充実に相応した校地を求めて、現在の神田一ツ橋に移転した。
●昭和3年10月「共立女子専門学校設置」
明治44年、中等学校教員の資格を与える高等師範科を設置。同師範科は大正14年の専門学校令により、専門学部へと昇格。昭和3年、共立女子専門学校として、女 子教育の先駆者としての学園を築いた。
●昭和24年4月「共立女子大学・家政学部設置」
昭和22年、わが国の新しい教育制度が施行されるに伴い、新制大学の「共立女子大学」として再スタートする。被服学科と生活学科の2学科を擁する家政学部 と2年課程の別科を設置。
●昭和25年4月「共立女子短期大学部家政科設置」
共立女子大学・家政学部に続き、一般教養及び家政の技能を有し、現代家庭に適応する 新しい女性の育成を目指す2年課程の共立女子短期大学部家政科を設置する。
●昭和26年4月「大学別科を廃止し、短期大学部被服別科を設置」
短期大学部設置に伴い、2年課程の別科を廃止し、その代わりに新たに短期大学部被服別科を設置。
●昭和28年4月「大学に文芸学部設置、短期大学部に文科第一部、同第二部を設置」
大学に文学専攻・芸術専攻をおく文芸学部、短期大学部に国語専攻と英語専攻からなる文科第一部及び第二部を設置する。 また家政学部に家政学研究所を設置し、さらに翌年文芸学部に文学芸術研究所がスタートする。これによって、学園の教学体制は一気に充実の度を高め、現在の教育基盤を築く。
●昭和41年4月「共立女子大学大学院文芸学研究科修士課程設置、家政学部生活学科に食物学専攻・管理栄養士専攻を設置」
英文学専攻と演劇学専攻をおく大学院文芸学研究科修士課程を設置する。また同研究科では昭和51年に日本文学専攻を設置し、高度な学術研究と高等教育の場として新しい第一歩を踏み出した。
●昭和43年4月「家政学部に生活美術学科を設置」
大学の家政学部に生活美術学科を設置するとともに、従来の生活学科は食物学科と改称した。
●昭和48年4月「共立女子短期大学部を共立女子短期大学と名称変更」
●昭和54年4月「家政学部・文芸学部1・2年次 八王子キャンパスへ移転」
昭和38年以来、推進していた八王子校舎の用地購入、校舎建 設の整備が整ったのを契機に、大学家政学部・文芸学部の1・2年次 を移 転。神田一ツ橋キャンパス、八王子キャンパスの2キャンパスの体制が整う。
●昭和55年4月「大学院家政学研究科修士課程設置」
文芸学研究科に続いて誕生した家政学研究科に被服学専攻と食物学専攻を置き高等 教育家政学の機関としての体制を擁立する。
●昭和61年10月「創立100周年記念式典挙行」
共立女子職業学校からスタートして、共立女子学園は大学院、大学、短期大学をはじめ2つの高等学校、2つの中学校、幼稚園を含め1万人の学生・生徒を 擁する学園として発展し、この年、創立100周年を迎えた。それを記念して盛大な式典が挙行された。
●平成2年「大学に国際文化学部設置」
確かな語学力とバランスのとれた国際感覚を身につけた女性の育成を目的として、大学では、八王子キャンパスに国際文化学部を設置した。
●平成5年7月「中国の7大学と交流協定を締結」
国際化に対応するため、中華人民共和国の最重点大学を含む7大学と交流協定を締結。さらに平成7年にはペンシルベニア大学(アメリカ)、テムズバレー大学(イギリス)と交流協定を締結、平成8年には中国の北京大学、吉林大学、スイスのジュネーブ大学、フランス国立東洋言語文化学院(通称イナルコ)と交流協定を締結。協定校は5か国13大学にのぼる。
●平成6年4月「大学院家政学研究科(人間生活学専攻)博士課程、比較文化研究科(比較文化専攻)修士課程設置」
大学院では、より高度な教育・研究機関としての役割を果たすため、家政学研究科に博士後期課程としての人間生活学専攻を設置。また比較文化研究科(比較文学研究)修士課程も合わせて設置した。
●平成11年7月「家政学部創設50周年記念式典挙行」
大学・家政学部では、創設50周年を記念して、家政学部在学生、教職員、父母などを対象とした記念フォーラム、記念式典、祝賀会などを盛大に挙行した。
●平成12年10月「短期大学家政科・生活科学科創設50周年記念式典を挙行」
短期大学家政科・ 生活科学科では、創設50周年を記念して、家政科および生活科学科卒業生、教職員などを招待して、シンポジウム、記念式典、祝賀会を開催するとともに、生活科学の系譜を辿る研究誌を発行した。
●平成16年4月「短期大学に看護学科を設置」
現代社会における、少子化・高齢化の急激な進行、保健・医療・福祉のボーダレス化、医療の高度化・専門化等、看護をとりまく社会的環境の変化等に対応するため、看護の専門職に必要な知識・技術・態度を修得させる3年制の看護学科を設置した。
●平成18年3月「短期大学別科(生活科学専修)を廃止」
●平成19年度「大学・短期大学の再編を実施」
大学
家政学部
「生活美術学科」の学生募集を停止し、「建築・デザイン学科(入学定員90名)」及び「児童学科(入学定員100名)」を設置した。
文芸学部
「文学専攻及び芸術学専攻」の学生募集を停止し、「文芸学科(入学定員350名)」を設置した。
国際学部
国際文化学部の学生募集を停止し、「国際学部国際学科(入学定員250名)」を設置した。
短期大学
「文科第一部日本語・日本文学専攻及び英語・英米文学専攻」を「文科」と改称した。
「文科第二部日本語・日本文学専攻及び英語・英米文学専攻」の学生募集を停止した。
以前はキャンパスとは呼びようのない神田一橋地区も、今では新しい校舎が出来てかなり整ってきた感じを持つ
交通に不便な郊外キャンパスは閉鎖して、都心に回帰するのは総合大学も同じ
まして単科大学や女子大ではその速度を更に強めないと学生を集めにくい
神田一ツ橋キャンパス(本館):東京都千代田区一ツ橋2−2−1 TEL 03-3237-5656
八王子キャンパス:東京都八王子市元八王子町1−710
共立女子 いいですよね。僕も好きだなぁ。
共立女子というと凄いというイメージがあるんですよ。何故凄いと感じたかというと、御茶ノ水のアテネ・フランセという語学学校に通っていたとき、ここは語学学校といっても進級制度がある厳しさがあり、どうしても私は上がれなかった。ところが共立の家政の人はスイスイなんだよねぇ。最初は家政?何それみたいな感じだったのだけど、それが更に凄さを感じさせた原因でもありましたね。