知性と感性を併せ持つ女性に
成長してくださることが、本学の一番の願いです。
本学のチャペルには、美しいステンドグラスが施されています。なかでも祭壇の上には「愛」と「言」という文字が浮かび上がってくるのをご存知でしょうか。私は毎朝、チャペルに立ち寄ることを習慣にしています。このステンドグラスを眺めるたびに、人を愛することの難しさや、言葉で意思を伝えることの大切さを教えられます。
本学の建学の精神の根底には、設立母体であるシャルトル聖パウロ修道女会が、フランスの寒村ではじめた奉仕活動の精神が流れています。みなさんが本学で学ばれ、飽食の時代に生きる私たちが忘れがちな、この奉仕の精神と知性と感性を併せ持つ女性に成長してくださることが、本学の一番の願いです。
加速度的に世界の経済や政治の情勢が変化する中にあって、キリスト教の教えは、私たち現代人の、ともすれば弱くなってしまう精神を支えてくれる普遍的な力となります。さらに、白百合出身の女性たちが社会で活躍していくために、本学で、その礎となる「学び」を修得し、真の心の強さを身につけていただきたいのです。そのためには、専門的な学力を身につけることはもちろんのこと、さまざまな課程で学び、多くの知識や資格を得ることも大切なことです。
これから大学で学ぼうとしているみなさんが、友と語らい、学び、意思を持った言葉を世界に発信していくために必要な「学びの場」を、白百合女子大学は、たくさん用意しています。この緑豊かなキャンパスで、私たちと共に、目標を持って学んでいこうではありませんか。
建学の精神
白百合女子大学における教育の基本理念はキリスト教、特にカトリシズムの世界観による人格形成にあります。本学の母体であるシャルトル聖パウロ修道女会の創立の精神に則り、知性と感性との調和のとれた女性の育成を目指しています。
教育目標 −真・善・美−
真理の探求という知性の絶えざる研磨に加え、人格的自己完成という単独では獲得しえない徳性を、本学は人々への誠実な愛と奉仕の姿勢を身につけることによって可能な限り追求しています。そして、自己と自己をとりかこむ一切のものの中に美を見出し、また謙虚さに根ざした畏敬の念を感受してゆくこと、そこに本学の教育目標は置かれています。
校名、校章にも「白百合」の花を選び、清楚、謙虚さの中に気品を保ち、豊かな人間性と広い視野のうえに専門的な知識を備えた自立的女性の育成を、その目標とします。
知性と人間性を兼ね備えた、自立した女性を育てる「白百合の教育」
フランスを発祥とする修道女会を設立母体とする白百合女子大学は、校名、校章の「白百合」の花に象徴されるように、清楚、謙虚さの中に気品を保ち、豊かな人間性と広い視野のうえに、専門的な知識を兼ね備えた自立的女性を育成することを教育理念としています。そのため徹底した少人数教育を実践することで一人ひとりが持っている学問的・人間的な素養を引き出す最適な環境を作り出しています。
学問の領域を超えた学際的なリベラル・アーツの実践
本学は国語国文学科、フランス語フランス文学科、英語英文学科、児童文化学科(児童文学・文化専攻/発達心理学専攻)の4学科2専攻から成り、専門的な学びを深めたい人にはそれぞれの学科・専攻に対応した大学院(修士課程・博士課程)が用意され、これまでも数多くの優れた研究者を輩出しています。
また、学科専門科目として開講されている授業の一部を他学科の学生が履修することができる「他学科開放科目」の制度を利用して、学びの幅を広げることが可能です。その際に修得した単位は卒業要件単位の一部に組み入れることができます。
教育・保育の分野を中心に、資格取得を積極的に支援
白百合では、中学校教諭・高等学校教諭の免許のほか、保育士の資格取得が可能となるプログラムを準備しています。(学科・専攻により取得できる資格は異なります)。また、2005年4月より小学校教諭・幼稚園教諭の資格取得を目指すことが可能となるなど、女性の自立のための支援を積極的にサポートしています。
フランスから日本へ、
言葉や文化を超えた永遠の理想が私たちの出発点です。本学の設立母体であるシャルトル聖パウロ修道女会は、17世紀末の1696年、フランスのシャルトル市郊外にあるルヴェヴィルという村で誕生しました。以来3世紀にわたり、病人や貧しい人たちへの奉仕と教育活動を世界各地で行い、現在はローマに本部を置いています。
日本での活動は1878年、函館に修道院を設立したことに始まり、3年後には東京・神田に学校を新設しました。これが、白百合学園の第一歩となりました。
1965年、白百合女子大学は現在の地に4年制大学として誕生しました。以来、カリキュラムや教育施設を拡充し、また、カトリック精神に基づく少人数教育を実践することで、高い評価を受けています。
住宅街の中の鎮守の森のようなキャンパスグリーンを抜けると、その校舎はありました